大判例

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大阪高等裁判所 昭和55年(う)1490号 判決 1981年3月03日

本籍並びに住居

京都府福知山市字内記七三番地

医師

塩見良明

大正四年一月一日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五五年八月一九日京都地方裁判所が言渡した判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 北側勝 出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人丸尾芳郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官北側勝作成の答弁書に記載のとおりであるから、これらをいずれも引用する。

論旨は原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、塩見医院及び私立整形外科湯村温泉病院を経営する被告人が、妻逸子及び右温泉病院の経理事務担当の米田晃と共謀して、三回にわたり、合計一億二、二〇〇万円余の所得税を免れた所得税法違反の事案であるが、病院の債務弁済のために右犯行に及んだという動機は酌むべき事情とはとうてい言い得ず、かつ、ほ脱の手段方法、金額、程度などに照らすと、その犯情は決して軽微でないから、所論諸事情殊に前記米田晃も本件で処罰されていることなどを十分に考慮しても、被告人を懲役一年二月、三年間執行猶予及び罰金二、五〇〇万円に処した原判決の量刑がこれを破棄しなければならないほど不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉川寛吾 裁判官 西田元彦 裁判官 重吉孝一郎)

○控訴趣意書

被告人 塩見良明

右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴趣意は次のとおりである。

昭和五五年一二月一日

右弁護人 丸尾芳郎

大阪高等裁判所

第四刑事部 御中

原判決は量刑不当であり、刑事訴訟法第三八一条の事由がある。

次にその理由を述べる。

一、被告人が此回脱税事件を犯し、一般市民の納税感情を害し、国家の歳入に支障の一端を与えたことを深く御詑び申し上げます。

被告人は本件犯行を卒直に認め本件事件も歴然たる証拠の存する事案で調査も容易であり、行為者である米田晃らもその調査につき早期解決を図るため終始協力し、その調査期間もわずか四ケ月程でその計算関係も全面的に国税局を信頼して任せ、局側よりの内示の所得金額について調査後直ちに所轄署へ修正申告をして改悛の情を示しております。

二、ところで、本件は一個人病院又は医院につき二名の責任者が起訴されました。

通常此の種の事件においては、その責任者(行為者)一人が起訴され、懲役刑と罰金刑とが併科されるか、罰金刑のみに留るかであります。

法人ならば、当該法人(従って代表者)と行為者とであり、法人には罰金、行為者には懲役刑又は罰金となって居ります。

然るに本件では二人が行為者として起訴された次第でありますが、これは例外的な特別事件(脱税額の高額、手段の悪質)のためではありません。

ただ、被告人の本件逋脱に対する認識が薄いため、公判維持が困難と思われ実質の行為者である米田晃を加えたものに過ぎません。

本件は動機において所得を余分に隠匿貯蓄しようとしたものでなく病院の借金を返済しようとしたものであり、その犯行も計画的とは云えず、所謂申告に際してのつまみ申告であり架空名義預金もなく、前記のとおり犯行を裏付ける資料をそっくりそのまま存置した極めて幼稚な手口と云わなければならず、他の此の種事犯に比して決して悪質と云う事は出来ない。

又逋脱額は三期を通じ一億二、二〇〇万円余となっているが、原審で提出している「脱税事件における法人以外の個人に対する罰金刑についての判決例」によっても

貴島病院こと貴島秀彦は

一億六、〇〇〇万円余(昭和三八年乃至四〇年度)

協同ベニヤ株式会社は

一億二、九〇〇万円余(昭和四一年乃至四三年度)

大倉建設株式会社は

一億四、七〇〇万円余(昭和四二年乃至四三年度)

となっており、被告人は昭和五〇年乃至五二年度の違反であり、前記事例より一〇年前後の年月を経て居るので、物価の上昇程度を考慮すれば本件が特に高額違反とも云う事は云う事は出来ない。

以上のとおりであるから、特異事件とも見られない本件において、使用者たるべき被告人と行為者である米田晃の二名共に懲役刑でしかも被告人に罰金刑が併科されているのは、如何にも量刑苛酷に過ぎるものと云わざるを得ない。

一個の事件で二人を処断するのであるから、両罰規定の趣旨から推断しても、被告人は使用者的と見て罰金、米田を行為者として懲役(法人事件なれば、法人に対し罰金、行為者に懲役刑)に処するのが順当ではないであろうか。

尤も本件では被告人も逋脱につき一部認識ありとして共謀による行為者と目されているのであるが、本件では被告人がこれを発意したり又これを指示したものではない。

行為者である米田は、礎石にも名を刻まれている共同経営者の一人としての自覚において、此の病院の借金を早期に返済して、その経営を軌道にのせる為本件を発意し実行したもので、同人も原審公判廷において

「自分が単なる使用人であれば、本件をやって居りません。病院長もよろこんでくれると思ったし自分の野心もあったからです」と供述し、その経営や金融も米田が担当し、診療、雑役、調理関係の人間以外の監督をし、医者や看護婦の採用、人捜しも同人が担当していたもので、一方、被告人は当病院には月一回乃至三回程度来て診療に専念したに過ぎない。

米田は福知山の塩見病院についても、その経理を担当している塩見逸子より相談を受けてこれと併せて税務申告し、その間塩見逸子にはかることなく勝手に架空仕入等を計上していた点等より考慮しても、かく云える次第である。

従って被告人は行為者の一人として訴追はされているが、その実質において両罰規定における使用者(無過失責任)的存在と見られてもよいのではないであろうか。

三、納税及び本件事犯以後の確定申告状況

1 本税について前記の如く査察調査終了後直ちに告発前に修正申告をなし、その他地方税、重加算税等も完納した。

2 本件以後の昭和五三年 一一七、二〇六、五〇〇円

(源泉徴収分一一、三二七、六九七円)

昭和五四年 五〇、七〇九、二五〇円

(源泉徴収分一〇、六五四、三七四円)

も完納した。

これら金額が事件当時よりやや下廻っているのは、事件直後中橋医師が退職し、又昭和五四年度は歯科医が退職し、それらに見合う収入が減少したことと、一般傾向として医療収入の減少が見られた為であった。

四、将来の対策

本件発生後直ちに元国税局大蔵事務官で、福知山市内において税理士をしている細見敏夫に同病院、医院の経理を任せ、月一回来院を得てすべての資料を提供し、その処理を全面的に任しており、その過誤なきを期している。

五、本件湯村病院は当初医療法人とすべく努力したが、過疎地帯であった等の理由のため規定の人容が確保出来なかったものであった。

若し医療法人となっておれば、税金も個人病院より半額近くになるので、借金返済とにらみ合せると過少申告の必要もなく、あったとしても僅少なものであったと考えられたという事情も御斟酌願い度い。

六、被告人は性豪放で細事にこだわらず、正義感に富み義侠心が強く、友人仲間で危倶された過疎地帯への医療進出を敢てして今日に至り、今や湯村町住民より必須機関として喜ばれている。

又、同人は金銭的には淡白であり、福知山市厚生会館建設費を寄附したことにより紺綬褒章を賜り、温泉町商工会館建設に際してもその費用を寄附したことにより表彰され、日本赤十字社に多額の社費を納入したことにより特別社員の称号を与えられ、又、長年学校医として奉仕したことにより表彰を受け、福知山地域における奉仕団体である福知山ライオンズクラブに所属して、その奉仕活動に貢献したことにより感謝状を受ける等数々の善行を重ねている。

七、被告人は昭和五四年査察調査に入られて以来、今日迄精神的苦痛を受けたのみならず、査察着手当時、起訴当時、一審判決当時の三回にわたり新聞紙上に掲載されたことにより、社会的制裁は十二分に受けている。

被告人らの如く社会的地位(殊に田舎において)のあるものにとって新聞紙上に掲載されるという制裁程痛烈なものはない。

文字どおり骨身にこたえております。

刑事処分は右制裁とは別個のものである事は十分承知して居ります。

被告人が脱税の責任を負わなければならない事には相違ありませんが、法にも情がある筈であり、これ以上被告人を痛みつける必要もないのではないでしょうか。

名誉を重んずる被告人としては、破廉恥的色彩のある懲役刑は何としても忍び難い処であります。

何卒罰金刑を御選択願い度い。

金銭的苦痛も同じく刑罰です。多少の高額は覚悟して居ります。

如何に無理算段しようとも、これらの金銭的苦痛は甘受いたす所存です。

何卒、以上諸般の事情を御賢察下され御同情ある判決を賜り度く、本件控訴に及んだ次第であります。

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